アンチでもマンセーでもない評論はできるか?

「AERA」のアイドル特集がさっぱりわからない。

アイドル業界もコミケとそっくりになってきた。

漫画業界にいてもコミケに関心がなく、
コミケがわからなくても漫画家をやってこれたので、
アイドルも末広がりの底辺を知る必要もないと思う。

歌がヘタでも、ブスでも、誰でもアイドルと言えば
アイドルになれる時代になったようだ。

そういう価値相対化、価値紊乱化が嫌いだが、
資本主義は細分化した価値観をあらかじめ狙って
商品を続々と繰り出して来るので、
味噌もクソも一緒になってしまうのはしょうがない。

だがこの「AERA」の特集、殺人未遂事件のあとにしては
呑気すぎる。

禍々しいものが襲来して、ファンとの距離が近いが故のリスクに
常にさらされなければならないアイドルブームは、
果たしてコミケブームほど安泰なのか?

連帯を失ってアノミー化した者たちを接近させるリスクは
計り知れない。

濱野もアイドルをプロデュースしたがるまでに
客観性を失っているが、
少女を預かる大人の社会的責任は大きいぞ。

指原莉乃の特集記事も載ってるが、
マンセーする大人たちの態度が気色悪い。

福田監督の映画は史上最大の大コケらしいが、
主役のせいなのか、監督のせいなのか、
頭を冷やして分析した方がいいぞ。

わしはAKBを応援したいが、運から見放された現在を直視して、
その原因を考えるのが評論家の役目だ。

そういう評論を許してきたジャンルは栄えるが、
評論が許されないジャンルは文化として定着しない。

アンチでもマンセーでもなく、文化として評論できるかが
問われている。

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